"人間の存在というのは二階建ての家だと僕は思ってるわけです。一階はは人がみんなで集まってご飯食べたり、テレビ見たり、話したりするところです。二階は個室や寝室があって、そこに行って一人になって本読んだり、一人で音楽聴いたりする。そして、地下室というのがあって、ここは特別な場所でいろんなものが置いてある。日常的に使うことはないけれど、ときどき入っていって、なんかぼんやりしたりするんだけど、その地下室の下にはまた別の地下室があるというのが僕の意見なんです。
それは非常に特殊な扉があって分かりにくいので普通はなかなか入れないし、入らないで終わってしまう人もいる。ただ何かの拍子にフッと中に入ってしまうと、そこには暗がりがあるんです。それは前近代の人々がフィジカルに味わっていた暗闇ーー電気がなかったですからねーーというものと呼応する暗闇だと僕は思っています。
その中に入っていって、暗闇の中を巡って、普通の家の中では見られないものをひとは体験するんです。
それは自分の過去と結びついていたりする。それは自分の魂の中に入っていくことだから。
でも、そこからまた帰ってくるわけですね。あっちに行っちゃったままだと現実に復帰できないです。
一皮剝けば暗闇があるんじゃないかというのは、そういうことだと思うんです。
その暗闇の深さというものは、慣れてくると、ある程度自分で制御できるんですね。なれない人は凄く危険だと思うけれど。そういう風に考えていくと、日本の一種の前近代の物語性というのは、現代の中にもじゅうぶん持ち込めると思ってるんですよ。いわゆる近代的自我というのは、下手するとというか、ほとんどが地下一階でやっているんです、僕の考え方からすれば。そういう思考体系みたいなものが出来上がっているから。
でも地下二階に行ってしまうと、これはもう頭だけでは処理できないですよね。"

(村上春樹『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』P98) (via breathnoir)

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